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建築・まちづくり・コミュニティデザインの学芸出版社です。最新情報をお届けします。

藻谷浩介さん、山崎亮さんに『コミュニティデザイン』の背景を聞く

藻谷浩介さん、山崎亮さんに『コミュニティデザイン』の背景を聞く
http://www.gakugei-pub.jp/chosya/038yama-mota/index.htm

2011.6.20、8:00- @渋谷マークシティスターバックス
記録:編集部/井口夏実、撮影・協力:尾内志帆

○藻谷浩介(もたに こうすけ)さん
1964年山口県生まれ。㈱日本政策投資銀行地域企画部地域振興グループ参事役。1988年東京大学法学部卒、同年日本開発銀行入行。米国コロンビア大学ビジネススクール留学、日本経済研究所出向などを経ながら、2000年頃より地域振興の各分野で精力的に研究・著作・講演を行う。平成合併前の約3200市町村の99.9%、海外59ヶ国を概ね私費で訪問した経験を持つ。その現場での実見に、人口などの各種統計数字、郷土史を照合して、地域特性を多面的かつ詳細に把握している。復興構想会議検討部会専門委員ほか政府関係の公職多数。著書に『実測!ニッポンの地域力』『デフレの正体―経済は「人口の波」で動く』

藻谷:これはひじょうに読みやすい本ですね。深く考えようとするとさっと読んだだけじゃわからないのですが、すごいなと思って読みました。鹿児島の話は知らなくて。すごいですね、いやあ、びっくりしました。今度、どんなことになっているか見てみます。

山崎:藻谷さんはもう全部ご存知ですからね。

藻谷:いや、でもちょっと油断している間に過去数年のことになってますから。

山崎:それにしたって藻谷さんのパソコンには、全国の市町村コード別のフォルダがあって各町の写真があるんですから。初めてお会いした時は、こういう人が居るんだ! とびっくりしちゃって。だいたいの町に行ったことがあるんだから。

藻谷:そういうことをしてきた立場で読んでいるのですが、確かに、知らずに読んでるとA町、B町みたいな話になってしまうんでしょうね。

山崎:例えば、笠岡諸島なんかを知ってると、ある種の声の大きな人がいるってことが分かって、だからこそああいうやり方したんだってことが、背景含めて理解できるんですよ。

藻谷:いやあ、因循姑息な瀬戸内海の島っていうのは難しいところですよ。ひと通り土建をした後で、ハイサヨナラってことになっている状況ですから。

藻谷:それで、この本の反響はいかがですか。

山崎:本はお陰さまでかなり読んでもらってます。

藻谷:そうするとたくさん依頼があって大変でしょう。この人が来れば俺たちの地域は全部何とかしてもらえるんじゃないかって思いこまれちゃって。よく読むとそういう話じゃなくて、相当面倒くさいことをしなくちゃいけないってことが分かるんだけど。

山崎:本当はあなたたち自身が大変になるよっ、てことをわかってくれれば、覚悟も決めてくれるんだけど、おっしゃる通り、僕らが来たら何とかなるだろうと思っている人も結構いますね。

藻谷:笠岡の例なんて象徴的で、ああいうところって多いじゃないですか。「この人たち、一体どうしたいんですか?」てところ。

山崎:多いですね。

藻谷:どういうヴィジョンをもって行動しているのか、ビジョンを持たずに行動してるのか、どういう行動原理で行動しているのか?、その辺を本ではさらっと流してありますね。

僕もそういう場面に突き当たってトラブルことがありました。彼らこそいわゆる選挙のたびに投票を間違える有権者で、何かあると文句をいう中心でもありますよね。ああいうふうに、「隣の人たちとは絶対一緒にできない」なんて言い続ける人たちの思考回路はどうなってるんですか。

山崎:やっぱり、よくわからないです。危機感がないということは本に書きましたけど、それがベースにあります。本人自身は自分に危機感がないという意識はしていないんだけれども、まだかなり余裕がある状態です。

藻谷:笠岡諸島なんてね、一般常識としてはそんなに余裕こいてるはずがないところですよ。

山崎:そんなはずがないんですよ。13人しか小学生が居ないんだから、10年後を計算すれば、しぼんでいくことは間違いない。ですが、本人たちはおどろくほど余裕ですね。いろんなことをわかっていない。

藻谷:現時点では余裕でも、どこかの段階でもうだめだと思うんでしょうか。

山崎:手遅れくらいになってから気づくんでしょうね。でも一方で、何人かは気づいているんです。「このままいったらやばいだろ、現に子どもがこんなに減って!」と。でも一部の人からは「面倒くさいことはやらんといてくれ」みたいな話も出てきちゃうんですね。そういう場合はコンセンサスを取るのが難しい。

だから逆に言うと、だったら彼らが動きやすい状況を作れば良くて、そのためには大義名分がいるんです。島の子どもたちが総意で言っていることであれば、彼らも納得せざるを得ない。実際は本人(やる気のある大人)がやりたいことと、子どもたちがやりたいと言っていることをうまく重ねてあるんですよ。

藻谷:なるほどね。

山崎:子どもたちが言っただけじゃ実効性がなくてなかなか動かないってことは書かなかったですけれど、子どもから出てきた多様な意見をまとめているときに、実は、心ある大人が何人か頭には浮かんでいて、彼らが一番やりたいと思っていることを子どもたちの意見がとりまいてくれれば、彼ら立ち上がりやすくなる。まわりの大人も「子どもたちがそんなことを言っているのか」と、「あいつはそれで動きだしたのか、まあ、とりあえず見といてやるか」ということになる。それでちょっと、動きやすくなるんですね。

藻谷:なるほど。子どもの話をうまく出すことで、やる気のない大人を怒らせずに、やるべきことを受け入れさせる。

山崎:ただ一人、じいちゃんが、怒ってましたね。子どもたちが公民館をコンビニみたいにしたいと言いだしたときです。そのコンビニは地産地消型で、地域の人たちが作ったいろんな種類のものを買える場所にしたいと言ったんですが。

その近くに雑貨屋のおじいちゃんがいて、「コンビニなんてものはなあ!」って会議の場に乗り込んできたんです。「うちの商売がつぶれる」と思ったんでしょうね。

このおじいちゃんとはかなり時間をかけました。「実はコンビニという言葉を使ったのが間違っていました。コンビニエンスって便利ってことですもんね、ここでやろうとしているのは便利なことではないです。」といっておばあちゃんたちが作ったものを並べ、「もちろんあなたがお商売でやっているものとは抵触しないです」と。

藻谷:下手に出ますよね〜。あたしなんかもう、昔からそんなことがあると「お前がそんなことだから子どもがいなくなるんだ」と、つい面と向かって条件反射でガチンと言っちゃうんですよ。けんか別れになっちゃって。いいやり方じゃないんです。

山崎さんはそこの忍耐がすごいですよね。だって実際はその人が人口絶やしてる帳本人かもしれないじゃないですか。

山崎:そうなんですよ、まさに。結局のところ「コンビニなんかだめ」って言ったって、子どもたちは情報化社会でみな知っちゃっていて、本土に行けば便利だってことをわかっちゃってるので、そんなややこしいことを言われるなら、私たちは出ていきますって島からどんどん抜けていってしまう。間違いなくね。

僕が子どもたちに現状を伝えるときは、子どもたちが島の中でやる気になる方向に伝えないといけないし、おじいちゃん本人にも理解してもらいたい。実際その人の店に行くと値段は高く、いつも同じ商品ばかり並んでいる。そういうお店のおじいちゃんが、新しく店が入ることになると怒鳴りこんでくる。

藻谷:なるほど。何歳くらいですか。

山崎:80・・・

藻谷:80代と聞いた瞬間にもう仕方ないと思ってしまいますね。無理ですね、変えようがない。そんな店しかないんですか。その人が亡くなったら店も無くなってしまいますよね。

山崎:そういうことを小中学生は知ってるんですよ。だから、次の店が要るっていう話をしているんですが、本人にはそれを言えないので、ちょっと違うタイプの店を、と言っているんですが。

ワークショップでは、人口統計の読み方や、他の地域の取り組み、地産地消がなぜ大事なのかを子どもたちのことばで理解していきます。すると、彼らがこの島で生きていくために、島の経済がなくなったら皆外に買い物に行くだろうから、ちゃんと中の経済をつくっておかなきゃいけないよね、という提案が出てくるんです。でも、まだ生きているその人は「なんだおれの仕事取るのかよ。しかもコンビニエンスストアかよ。子どもがそんなこと言ってどうする」みたいなことを旗印にして大人たちを叱りつけ、大人たちもしゅんとなっちゃう。

藻谷:その話を聞いてつくづく思うんだけど、そういうことは本当は学校で教えておかなきゃいけないですよね。今の教育内容では、みんな東京に出て市場経済に参加して終わり、としか思わないですよね。

山崎:おっしゃる通りです。

藻谷:そうするとそんな島では「なんで自分はこんなところに居るんだ、馬鹿みてるじゃないか」と思っちゃうしかない、そういう教育内容です。

ところが実際、市場経済に参加しようと思って都会に出てくると、フリーターをずっとやらされたり、大企業の社員をやっていたって、まさにマルクスが言うように、誰からかは分からないけど、とにかく搾取されている状態になるわけです。ほとんど価値のないことを延々とやらされて何も残らない、実際それで抜け殻のようになってる人が大量に居るんだけど、本人はそうは気づいていない。山崎さんと同世代の1973、74年生まれ、30代後半に、すごく老けた顔の人が居るでしょう。僕より年上かと思いこんでいたら実は10歳以上年下だったりします。実はこんなに人を動員しなきゃいけない時代は、バブルどころか高度成長期で終わっていたのに。つまり彼らが生まれた時にはすでに終わっていた話なのに、ずっとそのシステムが続いてるんですよね。

山崎:結局、笠岡の子どもたちみたいな人が、東京や大阪へ出ていけば何とかなるだろうと思って出て行っては擦り切れてる。何とかならんかと思いますね。

藻谷:物の見事にそういう仕組みですからね。でも山崎さんが島の現状について子どもたちに伝えることは、良く分かってもらえるんですか。

山崎:「地域の中で地域のために働く」なんて、外へ出る前の子どもたちにとっては当たり前のことなんです。それが大人たちにとっては「何と斬新なことか」と受け取られる。単純に、ここで楽しく豊かに暮らしていくために、僕らができることをやっていかないとまずいよね、と話すんです。話しながらコミュニティ・ビジネスという言葉に置き換えてはいくんですが、子どもたちは「そうだよね」とすんなり受け入れてくれる。

藻谷:逆にいうと、その大人たちは高度成長にコミットできずに敗残者として生きてきたんだという、勝手に矮小化した自己否定があるのでしょう。西日本的に言うとやくざっぽくなって子どもたちからは、吸いつくしてやろうという雰囲気になる。東日本だと今度は黙〜ってしまって路傍の石のようになる。怒鳴る人もいないけど誰も何もしない。実は怒鳴ってくる人と何かする人は同じエネルギーを持ってるんですが、エネルギーすら無い人たちですからすごく大変ですよね。

山崎:それはありますよね。

藻谷:本ではこのあたりが全部省略して書いてありますけど、さぞやと思います。1つの話を今みたいに10倍にして書くと、リアルなやりとりが見えてきて乗り越えてきてるものが分かるんですよね。実際に活動している人が読めば、背景に何かあるなってことは当然わかるんでしょうけれども、活動したことのない人が読むと、「この人は魔法のように全国を治している」と、まるでトリックのおじさんのように受け取られるでしょう。

山崎:ツイッターの反応を見ていると、その人が地域に対してどのくらい真剣にやろうとしているかが、リトマス試験紙のように分かりますね。読んでも特に何も感じない人もいれば、確かに魔法のような話だと思われることもある。藻谷さんのように、開口一番「あえてこうは書いてあるけど、その背景はどうなんだ」と言ってくるのは、地域によく通っていて、何がどこまで行くと動かなくなるか、実際に体験している人たちですね。

藻谷:短い文章では一体どうなっているのかわからんなと思ったのは、都会の話です。たとえば泉佐野の公園なんて、あそこは大変な地域ですよ。

山崎:わかってますね〜。泉佐野は、大変でした。大学教員や大阪府の職員何人かで委員会を開いていると、兄ちゃんたち二人が怒鳴りこんできて「お前ら何しとんのや〜!」「俺ら岸和田でだんじり引いとんのや〜!」という具合で。1回目も2回目も、委員会がボロボロになりました。僕はその委員会の場では何言ってもしょうがねえなと思ったんで、後で電話したり、会いに行って話を聞くんですが。

藻谷:彼らの目的は一体何?

山崎:大阪府が公園を作ろうと言っていた土地の隣に泉佐野市が持っている土地があって、彼らはそこを借りて活動をしていたみたいなんですよ。ただね、本人たちは自分たちチームが活動していると言ってるんだけれども、よくよく聞いてみると…、

藻谷:よくよく聞いてみると?

山崎:活動「主体」ではないんですよ。

藻谷:ないですよね。なるほど。

山崎:確かに活動を共にはしているみたいですが。いろいろな活動団体に顔を出していて、地域での発言力を保とうとしているんですよ。議員になりたいのか、何が目的なのか、ずっと考えていたんですが分かりません。とにかく、「我々は今、大阪府と闘っているんだ」という態度を、地元住民に見せたがっているように見えました。

藻谷:よくわからないですね。やくざでもないんですね。

山崎:違います。45〜46歳くらいです。

藻谷:清原の同級生よりちょっと上くらいってところですね。

山崎:言ってることもつじつまが合わないですしね。まじめに何かやろうとしているようにも見えるんだけど、被害者意識から世の中の構造を曲げて見ているようでもある。言い分としては、公園をつくると山を崩して自然破壊をすることになるからダメだ、と。けれど僕らの計画ではみんなで手を入れながら良好な自然を保っていきましょうと言っている。それを説明しても、やっぱり駄目なんですよ。

藻谷:コミュニケーションが成り立たないですね。

山崎:成り立ちませんね。

藻谷:特になんの既得権もない人がそこまで騒ぐというのは謎ですね。

山崎:謎ですね。彼らは常に「泉佐野市民は全員お前らに反対だ」といいました。実際はそんなわけはなくて、議員か市長か知りませんがどこかのお山の大将になりたいらしい。いろいろと府に連絡がくるらしいんですよ。割とコネのある人の息子かなんかだと思うんですけどね。

そこで僕らが取るべき戦略は、実際に市民を集めてパークレンジャー養成講座をすることだったんです。10回の講座でもう3期目になるので100人くらい集まっているんですが、集まってくる人たちの様子は彼らの言うこととは全く違っているんです。本当に自然が好きで、楽しそうに木を切ったりしていて。

2期目に60人くらいのパークレンジャーが育った頃になると、その2人は何も言わなくなってきました。要するに自分たちが市民を隠して、「全員お前らに反対だ」と言っていたのに、後ろからぽろぽろと楽しんでいるレンジャー達がもれてきちゃって60人超えちゃったんで。60人とはいえ泉佐野有権者が居るところへ、怒鳴りに入ることはしたくなかったんでしょう。地元の人たちに対しては彼らは怒鳴らないんです。

最初の30人を公募したときは、必ず彼らも応募してきました。「必ず中からつぶしたるから」と、ブログにも書かれてました。

藻谷:はあ〜!

山崎:「中から崩したるからな」「もうメチャメチャにしたる」と。そう言って1回目、2回目とやってきたんだけれども、でも回りの参加者が呆れてるの。「何この人?」「ちょっと黙っててほしい」という雰囲気になっちゃって。だから僕らが対応するというよりも、残りの28人が居てくれたから、彼らはだんだん来なくなったんです。うまくその人たちと繋がれなかったってことなんでしょうね。

藻谷:いやあ〜、大変ですね。こうやって掘りだしていくとめちゃくちゃ大変な仕事ですよね。

山崎:大変ですよ、大変です。ただ、それを上回って有り余るくらいに、嬉しいことがいっぱいあるんですが。今みたいな問題は、たいてい初動期によく起きるので、それを乗り越えたときに結束力が高まって、より主体的に取り組めるようになるんです。2、3年後に、僕らがもう必要ないくらいすごく盛り上がって活動しているのを見ると、抱えている新しい問題もあるけど、こうなるんだったら続けようかな、という気持ちになるんです。

藻谷:そんなこと書いてる暇はないからだと思うんですが、この本には白鳥が水面を泳いでいる姿ばかりで、もぐったり飛んだりしている話は書いてないわけです。

中には10年ほど続いているものもありますが、とにかく継続中のものが多いですよね。手をいったん離して、そのあとどうなっていたかという、継続の話は非常に興味があります。

手を離したあと、どのくらいの確率で自然死するのかあるいはしないのか、ケースバイケースだと思うのですが、実際死なずに続いているんですか。

山崎:母数が少ないのですが、我々が関わったものについては続いていますね。

藻谷:無いんですよね、自然死が無い、無いんですよ、そこがおそらく一番すごいところです。山崎さんご本人は自慢しないと思いますけど、第三者的な人が「なぜそこで自然死しないのか」ということについて突き詰めてくれるとなおのことすごいことになりますね。どういう仕組みでスタートしておくと、死なずに済むのか。

初期段階に、既に死んでいたり死にかけたりしているものを起こしていく過程で、いろいろな問題が手当てされているからだと思うんですけれど。今の泉佐野のおっさんじゃないけど、要するに彼らから逃げずにいったん30人のパークレンジャーの中に取り込んでいるんですよね。そうしておいて、住民の中から排除するというプロセスを取っている。そうすると彼らが後々邪魔しに来る確率がずっと下がるじゃないですか。その過程は最初はとてもしんどいし、リスクもとっている。普通、そういう人たちは最初に排除しますよ。でも山崎さんは排除されてこなかったということが、彼らのやる気を大きく削いだでしょうね。それだけブログで喧嘩売って、「どうせおれたちは選ばれないから、また暴れに行ってやろう」と思っていたに違いない。

山崎:それは読みとれました。ブログにも「どうせ俺らは絶対採られないだろうけども・・」みたいなことを書いてたんで、「へ〜、じゃあ採ってやろう」って言って採ったんです。

藻谷:たいていはそうやって腹をくくって採ることにはならないですよね。そうやって事前にかいておいた汗の量が、結果的に後の継続性を担保するので、そこが違う話なんですよ。今日お会いしたらそこの話を確認しようと思っていたんです。まさにそうなんですよ。これは本人が自慢してる暇はないと思うので、ぜひ、スタッフの人が裏話的に書くと面白いでしょうね。

藻谷:ちなみに、山崎さんの事務所では若い人が育ちますよね。その人たちはどこかへ独立して散っていったりするんですか。

山崎:まだ独立はしてないですね。

藻谷:何人ぐらいですか。

山崎:10人です。

藻谷:すごいですよね。10人食わせるっていうのは大変なことですよ。ただ組織がでかくなっていくと、食わせるために仕事をとってくることになりがちですけど、クオリティの観点から、増えていく仕事量の問題はどうコントロールしていかれるつもりなんですか。

山崎:それはこれからの課題です。最初僕は何の根拠もなく10人と決めて、3年前くらいから10人にしちゃったのですが、誰も辞めないので、新しいスタッフは入ってないです。ただ、仕事量が莫大に増えているので、大変なことになってきていて、この「10人枠」をいつか諦めなければならないのか、もしくは暖簾分けをして彼らがまた10人ずつで動かしていくのか、もしくは別会社にするか。

クオリティコントロールができなかったり、管理職のようなことしかやらなくなっちゃうんでは、やってる意味がなくなってしまうので、僕らみたいな小さい組織が連結して、「今度のこれは一緒にやろう!」というチーム作りが要ると思うんです。

やっぱり情熱大陸の放送の後はものすごい数の就職希望が寄せられましたね。

藻谷:来るでしょうねえ

山崎:その中には「10人というのは山崎さんを入れて10人ですか?」「除いて10人にしましょう」とか、「サッカーでも11人じゃないですか、11人にしましょう」とか言ってくる人もいるんですよ。いろんなアイデアがあるもんです。

藻谷:なかなか使える奴らですね〜。

山崎:とんちが効いててね。

藻谷:それにしても、どうしましょうかね。

山崎:10人のうち1人、岡崎エミってのが北関東の栃木に1人でいるんですが栃木や関東方面の仕事でいっぱいになってきています。ちょうど、栃木でコミュニティ雇用が出ので、とりあえず4名採用を決めました。1年間ですが、彼女のもとで育てて、その中でいけるなと思える人間で、独立採算の支部を作っちゃおうかなと思ってます。

藻谷:関東地方って連携しないところなので。やりだすと、たくさん仕事がありますよ。今放射能の問題もありますし、困ってますからね。

そうやってある程度暖簾分けしちゃって、そこの出身者がそれぞれやっていくやり方が本当はいいんでしょうね。

あと、年齢的にこんなこと言うとおっさん臭いのでしょうが、42歳で劇的に身体の性能が落ちるので、何らかの形でやり方を変える必要が出て来ると思います。僕は規則通り42歳の時に厄年がきて、徹夜が効かなくなってそれまでのペースでは続けられなくなったんです。37歳という山崎さんの年齢は1つの正念場で、最も燃えさかる時期ですよね。

藻谷:一方で、「できるかどうかわからないけど『やりたい』」という思いの若い人たちが増えてませんか。

山崎:はい。ものすごく増えてます。

藻谷:できるかどうかは分からないんだけど。

山崎:ふふふふふふ。

藻谷:話を聞いてみるとそんなにおっちょこちょいじゃなくて、ある程度考えていて、学生のときからそういう活動を知っている人達です。増えざるを得ない面もあるんですが、そういう人たちを雇える側の人間が今少ないんですよね。

山崎:どこに行けばそういう活動ができますか?と聞かれるのですが、聞かれても困るんですよ。

藻谷:絶対大企業はやってないですからね。普通は採算とれないです。この本には、どうやって事務所を回してるのかってことは書かれていませんが。

山崎:そうなんですよね。僕らは本当に小さくて、そんなに利益をとらなくても大丈夫なんですけど。

編集部:あの、こういう話の延長で、改めてお二人で対談される機会をいただけないでしょうか? 例えば「経済成長がなければ僕たちは幸せになれないのか」、というテーマで。

山崎:これは藻谷さんに初めてお会いした後に、次にお会いしたら聞いてみたいと思っていたことなんです。地域に行くと、たいていは成長よりむしろ衰退している場合が多く、ただその割には幸せな人間関係を作って楽しんでいるようにみえるんです。僕は経済の専門家ではないから、「経済成長」というものがそういう地域の生活をどのくらい支えているものなのか、ということを知っておきたいんです。それを知ったうえで、さらに充実した生活を送るために、僕らはお金以外の価値を高めていく活動をしていきたいんですよね。実際は、広い意味ではそれも経済だと思うのですが、ここでは狭い意味でのお金で数える経済のことを知っておきたいと思うんです。

藻谷:これはね、切り方としては大変面白い話なんですが、私のスタンスは怪しいスタンスなので、どうしようか、ということになるんです。私は「経済成長」と言っている人たちが何をもとに言っているのか、なんとなく分かるんです。他方で私自身は、「経済成長」というのは一種の宗教で、宗教でありますからして当然使い方によるわけで、つまりそればかり言っている人は怪しいわけです。もうちょっとマシだけど似たような話で、使い方を誤ると大変な言葉に「コミュニティ」がありますよね。

山崎:わかります。

藻谷:わかるでしょう。「コミュニティ」が独り歩きして、「昔のコミュニティは…」って言う人に話を聞いてみると、この人分かってないな、「おまえがコミュニティから外れてるんだよ」ってことになる。

山崎:「あなたこそがコミュニティに入ってないんだよ」と!

藻谷:そういう類の人と似てるところがあって、「経済成長」と言ってる本人は全然、経済成長していないことが多いですから。

山崎:なるほど!

藻谷:本来、経済成長できなかった人間が「経済成長、経済成長」って騒いでるんですね。自分ができていないくせに人に押しつけるわけです。学者ってみんなそうですよね。そんなに金儲けが好きだったら自分で儲ければいいのに。

山崎:やり方知ってるんだったら自分でやればいいのに、って話ですね。

藻谷:「経済成長」の中にどのくらい真実があるか、「それを一緒に考えましょう」というスタンスだったらお話できそうです。つまり、私はどうしてもはっきりしない言い方になってしまうんだけれども、話しているうちにはっきりしてくるってことならあるかもしれない。

山崎さんは経済成長という言葉について、うんちく的には何か持ってますか、経済成長についてかなり勉強されました? はたまた、世の中の人がこれだけ経済成長って言うけど、一体何なんだそれは、という感じですか。

山崎:いや、勉強してないです。その話が聞きたい、というくらいがスタートです。

藻谷:じゃあ、大丈夫です。いわゆる、ごく一般常識的な観点から「何それ?」と、延々突っ込んできてくれる方がいいな。「経済成長」のインサイダーではない立場からとことん語ってくださるわけですね。

山崎:そうそう、そうです。

藻谷:だとしたら、話はしやすい。お互いなんとなく裏を知った上で喋ると、何かねえ、という話になるので。純粋経済成長の人と話すと多分、全然かみ合わないんですよ。純粋経済成長の人たちはね、「経済成長を目指さなくてもいい」と言うと、「お前馬鹿か」っていきなり怒り出すんですよ。

山崎:分かります。「詳しくは分からないんだけど、経済成長なしでもさあ…」と言っちゃうと、「いや、なしではありえないだろう」という感じになっちゃうんですよ。

藻谷:原発もそういうところがあるんですよね。いきなり原発なしっていうと、「非常識だ馬鹿」って言って怒り出す人が必ず居るんです。よくよく聞いてみるといろいろな問題があることは確かなんだけど、いきなり怒り出す人はこれはもう駄目ですね。

だから、私は一応「経済成長」って言ってる人が何を言ってるかってことはなんとなくわかるので、そういう観点からやればいいですね。

編集部:お引き受けいただけますか?

藻谷:ええ、いいですよ。そういう話でしたら分かりやすい。ただ、いわゆるエコロジスト VS 経済学者の話とは全然違う、もっと柔かいスタンスの話ですから、聞き手に分かりやすいかどうかはわかりませんよ。

要するに、「経済成長」という言葉の先にある「人の幸せ」というものを、経済的には停滞か衰退かわからないけれども実現できちゃってるんだけどな…と思っている人、数字は成長していなくても実はそれも経済成長と矛盾しないんじゃないか、と思っている人との話ですよね。

そういう山崎さんみたいな人達は、いわゆる「経済成長」というのはその現実以外に何のことを言っているんですか? とも思っているわけです。「経済成長」を否定しているんじゃなくて、「経済成長」という言葉の定義が怪しいぞと思っているというか、別に「経済成長」とあえて言う必要がないと思われている。

山崎:なるほどね。

藻谷:だって、経済が成り立たなきゃいけないってことは分かってますよね。全員が原始時代に戻れなんてことは全く言うつもりはないでしょう。普通に経済社会のなかで、いろいろと数字は成長はしていないかもしれないけれど、でもハッピーにまわってますよね、ということですよね。

ちなみに「経済成長」を唱える原理主義者みたいな人は、経済成長の反対を原始社会だと思っているのです。

山崎:ほほう。そうなんですか。

藻谷:だからますます話がかみ合わないんです。別に原始社会でもなんでもない、成長はしていないけれど経済社会として成り立ってるよ、ということがリアリティとして全然分かっていない。仮に、彼らが成り立っているコミュニティを見るとするじゃないですか、すると彼らは「何か裏がある」と思うわけですよ。

山崎:!!

藻谷:「俺が教わってきたこととは違う。こんなものが成り立つはずがない」と思うわけです。

山崎:たしかに。「経済成長はしてないです、高齢化でお店はどんどん閉まっていっている。だけど、みんないい感じで生活してるんですよ。」という話をすると、なぜかプリプリし始める人っているんですよ。だけど僕も、経済の大事なところを理解していない気がするので、確かに怒られることを言ってしまってるかもしれないな、と感じてきたんです。

藻谷:怒るってことは、何か弱みがあるから怒ってるわけです。今のような話をえぐっていったら面白い話になりますよ。やっぱり話しながらはっきりしていくでしょうね。

世の中で言われている多くのことが儒教のようなことです。要するに座って本だけ読んでいるおじさんが「おまえは儒教をわかっとらん」と怒ったりしてる一方で、全く儒教を知らないコミュニティに行ったら、そこで行われている暮らしは儒教そのものだったって話です。キリスト教宣教師が日本に来てみたら、「なんだこりゃ、こっちの方が神に愛されてるんじゃないか」と衝撃を受けるように。それで怒り出す。聖書も読んでないくせになぜなんだ、けしからんと。

山崎:すげえ面白い。

編集:いきなりこういう対談で始めてしまっていいんでしょうか。それぞれにレクチャーされますか?

藻谷:いやいや、僕はいきなり対談を始めちゃった方がいいですよ。ひとつ言うならば、山崎さんから「経済成長してないけれども幸せな例」を3つくらい喋ってもらって、そこからスタートしたらどうですか。

山崎:僕自身の疑問として「こういう状態があるんですけど、どうなんでしょう」と投げかければいいわけですね。

藻谷:そうそう、それで私は純粋経済学者はともかく、普通に経済が好きな人だったら理解できる言葉で、ブリッジをかけたいと思います。純粋経済学者の中にはブリッジがかからない人が居るんですよ。さっきの岸和田の親父みたいな人が居るんです。岸和田の人と基本スタンスは同じで、目的はよくわからないんですけど。

山崎:ひょっとしたら学会の中でのステイタスみたいものを守ろうとしてるんでしょうか。

藻谷:学会の中でのステイタスを守ろうとしていて、かつ、これも岸和田のアナロジーなんだけど、実はそんな学会のステイタスなんて持ってなかったりする人達なんですよ。

山崎:全く一緒だ〜。守ろうとしてるんだけど、守ろうとしてる相手からはあんまり相手にされてない。一緒じゃねえか…。

藻谷:そういう問題があるんですよ。それにしてもこのテーマはこの時期タイムリーですよ。

僕の意見は、そういう単線的な評価をしようとするのをやめたいってことなんです。例えば「○○模試で100点を取るのが俺の目標だ」なんてことを言うのをやめていただいてね、どうしても勉強が好きだとしても、せめて「私は勉強ができる人になりたい」というくらいまで抽象化してくれると、まだ折り合いが付けられるわけです。あるいは、勉強というよりも、「生きる知恵が欲しい」とか、その辺りまで降りてきてくれるともう、ほとんどシンクロするんですけど。中には○○模試に限定的に狭めてきて、「○○大学に行くしかない」という人が居るもので、そういう人たちが生き残っちゃうわけです。日本みたいに、いわゆる経済成長が難しい地域があって、そこで経済成長が無い日本はもうおしまいだという悲観論をぶちまける人が居る。それはもう、僕にとっては大変困るんです。

山崎:僕も困ってます。

藻谷:困るでしょうねえ。地域だと日常的にそういう人たちと対峙するわけですから。

山崎:テレビや新聞の影響で、せっかくまちづくりがいい方向に行っていても、「結局それって金を生みださないじゃん」とか、「経済が上向きになってないのにまちづくりとか言ったって幸せになるわけねえ」という話を横から知ったような顔して言ってくる人がいるんですよ。「本当にそうかな?」と思うんだけど、僕の専門でもないから言い返す言葉もないし。ただ、地域の人がそういう話をしだすと、やる気を妙なところから削ぐ言葉に変わってしまうんですよ。

藻谷:そうなんですよね!

山崎:「生活していけなきゃだめじゃん」とか、「金儲けしなきゃだめじゃん」と言われるんだけど、生活はまあできてるし、皆けっこう幸せそうなんだけどなあ。

藻谷:結構、金持ってたりもするんですよね。

山崎:ふふふ、そうなんですよね。そうやって地域で力を持っている人たちがテレビを見て「経済成長」を唱えることと、その人たちにとっては衰退しているその地域が、実際は幸せそうな様子、その間にはいったい何があるんだ! というのがずっと知りたくて。

藻谷:私はね、ついついそういう人たちに向かって「馬鹿野郎」と言う方に入っていっちゃったんですね。そっちに行ってしまうと、具体的な改善はできなくなっちゃう。

そういうわけで、横合いからの独り歩きを無くさせる、内田樹が言う「やる気をなくさせる呪文」を唱えるような人たちをとりあえずやっつけようということですね。

山崎:力強いなあ! 僕は地域に入るから、藻谷さんは理論的な側面からやっつけていただけると。

藻谷:関係ないところでそれぞれ闘ってますっていうことになりますね。そういう自己否定はどこかで語っておきたいといつも思っているんです。現場に入って行くぞっていうのとは、僕は全然違うことをしてるんです、と。違うというか、はるかに端っこのことをやっているんだということを、みなさんに理解していただきたくて。鍋料理でいうと「僕がやっていることは水でも塩でもなく唐辛子ぐらいの話でして」と、折に触れてお話はしているのですが。

山崎さんがやってることは塩ですよね。要するに肉や魚を現地で調達してきて水で煮るだけではまずくて食えないけど、塩を入れると急に味が出る。唐辛子は基本的に入れなくて良いし、ごく稀に入れればいい、そしてたくさん入れて仕方がない。

コミュニティの中から肉を調達してきて、そのうち塩も自己調達できるようにしていくんですよね。

山崎:そうです。僕らみたいなことが出来る人を育てていかないといけないんですよね。

藻谷:そういうお仕事をされているわけですよ。いやこの対談は面白いな。私は、ダラダラと話をするのが大変好きですし、しかもこのテーマで話ができる相手がなかなかいないから。コミュニティの質を相対化出来ている人と、同じくある程度経済学者の言っていることを相対化できる者との話ですから。この組み合わせはなかなかできないですよね。

もし山崎さんがお好きだったらエネルギーの話なんかもできるんですけど、まあ、お互い知見がないので難しいですか。

これとこれは論点を落として欲しくない、という点があれば、途中で振ってください。楽しみにしています。

(了)

7/12(火)上記の対談を行います。奮ってご参加ください。

http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1107yama/index.htm

○藻谷浩介×山崎亮 対談
「経済成長が無ければ、僕たちは幸せになれないのか」
7/12(火)19:00-@東京(京都造形芸術大学東北芸術工科大学外苑キャンパス101・102教室)

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