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gakugei_today

建築・まちづくり・コミュニティデザインの学芸出版社です。最新情報をお届けします。

「都市・まちづくり学入門」セミナーに参加して

◎「都市・まちづくり学入門」セミナーに参加して
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1201hisa/iwa.htm

『都市・まちづくり学入門』〜成る都市計画・まちづくりとは
久隆浩+新しい都市計画教程研究会
http://www.gakugei-pub.jp/cho_eve/1201hisa/index.htm

 正直なところ、予備知識もそれほど無い私が今回のようなセミナーに参加することには若干の不安もあったのですが、セミナーを聞き終えたときには、その不安は消えていました。本に出てくる「結果自然成」ということばどおり、まちづくりは専門家の方々の学問としてではなく、今の私のような一般市民の生活の中に自然に生まれ、自然に存在するものになろうとしている点で、敷居が低くなっていて親しみやすいという印象を受けたからです。参加して本当に良かったと思いました。

 ひとつ、最後の禅問答に関して思ったことなのですが、
 私たちの世代にとっては、都市は既に出来上がっていたもので、それこそ与えられるものでしかなく、現状維持が当たり前の感覚としてあります。まちを「つくる」という概念はそもそもなく、ただ「ある」もので、まちをつくることを自分に引き寄せて考えられない部分があります。
 
 だからこそ、特に若い世代にとって、今よりも“こうなりたい”という理想の形がないことは問題だと思っています。そうでなければまちづくりどころか、まち自体に対しても今のまま、大多数の市民が我関せず、な状態が続くと思っています。
 私も、押しつけの都市計画は必要ないと思います。でも、ただまちを与えられただけの世代にとって、『合意形成が行われず、唯一の目標が存在しない』というのは、どうしても自己完結型になってしまい、他者を含めた「まち」という広がりを捉えられない若い世代の、無関心を助長してしまうとも考えられるのではないでしょうか。
 
 だから例えば、近代都市計画が描く夢物語のような理想ではなく、現代都市の負の要素さえも肯定できるような新しい形、という意味での「理想」を目標として掲げてもいいのかなと思いました。
 近代都市計画は、都市を制御できるものとして、郊外にマイホームなどといった「理想の暮らし」を皆が思い描くものだったと考えます。しかし現代において、その理想像に当てはまらない人たちはネットカフェ難民やオタクとなり、現代版スラムとも呼ばれるネットカフェが存在し、郊外の過疎化は、かつての理想が幻想だったことを示しています。そんな、理想像にそぐわないものをできるかぎり排除するという方法ではなく、負の部分も当たり前に存在するのが都市であるととらえることが、現代の人々の共感を生むことにつながるのではないでしょうか。
 そして、その負の部分も肯定しての解決策というか、今よりもこうありたいと思える都市をどうすれば明るく思い描けるのか、それを考えることこそ、多くの人の共感を得て、より実現可能性の高いまちづくりがうまれることに繋がるのでは、と考えます。
 
岩切江津子

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